【代表者】鈴木 晴夫(應接方筆頭)
町の歴史

寛永十年丹羽長重公により現在の地に天神神社が勧請されてより天神町と称するようになる。当初より祭礼に参加。江戸期は、武家等の接待役を受け持ったとされている。神輿は昭和26年に製作。屋台は松平定信時代に製作されたと想定される。明治初期に製作された山車飾り(武内宿禰)もあるが現在は使われていない。昭和20年代に天神町より道場町、昭和町が独立。現在に至る。

 

町の特徴

町印は緋扇にバケ天を記す。半纏は大紋に町印、梅鉢の総柄、地色は先達方が白、壮者・高張方、神輿方は紺、筆頭以下三役・相談役は鶯色。行列は、高さ12mの先達竿灯提灯、中学生が揚げる高張提灯、若い力に担がれた総欅作りの大神輿、続いて世話人連、しんがりは高さ8mの元方提灯。昼の山車は、屋台を引き回し、小学生による小太鼓・鉦と中学生による笛・大太鼓からなる囃子の披露。今はない踊りの復活が望まれる。屋台の彫刻は一見の価値あり。

 

意気込み

行列の中盤を担う当町は、観客を飽きさせないよう引き締め後半につながる、魅せる祭りを心がけています。平成20年度より壮者会役員町となり、役員町として衣装、振舞い、口上等他町の手本となるよう努力しております。

平成24年度は、観ていただく全ての皆様に元気と感動を届けるよう、壮者一丸となって白河提灯まつりに臨みます。

 

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平成22年11月、屋台を組んだまま保管展示することができる屋台会館が完成いたしました。多くの皆様にご覧いただきたいと思います。

祭礼毎に一般の方から神輿の担ぎ手を募集しております。(70名程度)高校生以上であれば男女を問いません。皆様の力で楽しく祭りを盛り上げましょう。

また、一緒に祭りをつくり上げる新加入氏子壮者も併せて募集しております。我こそはと思われる成人男性は天神町壮者までお申し出願います。お待ちいたしております。